東京地方裁判所 昭和24年(ワ)3074号 判決
原告 大平正治
被告 高橋政吉
一、主 文
被告は原告に対し東京都港区麻布谷町六十二番地にある木造瓦葺二階五戸建一棟の内向つて左端の一戸の二階四坪を明け渡すべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は金五千円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、二項と同趣旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は昭和十年十一月から主文第一項記載の家屋の内向つて左端の二戸建坪十七坪二階八坪を訴外西條軍之助から賃借し、爾來、その内右の一戸及び左の一戸の二階を住居、左の一戸の階下を煎餅製造工場として使用していたが、昭和十九年四月頃右工場の二階四坪を期間を定めずに被告に轉貸した。さて、この轉貸当時原告は煎餅製造業を中止し、また、子女は幼少で住居に比較的余裕があつたが、原告はその後右営業を再開し、また、子女も成長して、被告との轉貸借を継続したのでは、営業も子女の教育も満足にできない事態に立ち至つたので、昭和二十三年五月中被告に対し右轉貸借解約の申入をなした。すると被告は同年六月初から七月初までの間に三回に亘り原告及びその妻富美子に対し暴力を振い、または、原告の商賣上必要な燃料を戸外に放り出してその一部の使用を不能ならしめる等の不信行爲に出たばかりでなく同年十二月頃原告が二個所の轉居先を斡旋したのに対しても些細な口実を設けてこれに移轉することを拒絶した。ところで、かような事実関係においては、前記解約の申入は正当の事由に基くものと認められるべきであり、從つて、本件轉貸借はその後六箇月の経過とともに解約終了したのであるが、被告はその後も依然として右轉貸部分を占有しているから、被告に対し右解約を原因として同部分の明渡を求めるため本訴に及んだ次第であると陳述した。<立証省略>
被告は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、被告が原告からその主張の二階四坪を期間を定めずに轉借したことは認める。原告が煎餅製造業を営んでいたことは知らない。被告が原告主張のような不信行爲をしたこと及び原告が被告に対し轉居先を斡旋したことは否認する。原告は被告の占有部分の明渡を受けなくとも住居及び営業に困ることはないのに反し、被告はその部分の明渡をすれば住居がなくて路頭に迷う事情にあるのであるから、原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和十年十一月から原告主張の家屋の内向つて左側の二戸建坪十七坪二階八坪を訴外西條軍之助から賃借していたことは被告が明らかに爭はないからこれを自白したものとみなすべきであり、また、被告が原告から右家屋の左端一戸の二階四坪を期間を定めずに轉借したことは当事者間に爭がない。
しかして、原告が昭和二十三年五月中被告に対し右轉貸借の解約申入をしたことも被告が明らかに爭はないからこれを自白したものとみなすべきである。それで、右の解約申入は正当であるか否かについて按ずるに、家屋賃貸借(轉貸借を含む)の解約申入の正当事由について一般的な基準を示すことは必ずしも容易なことではないが、賃貸人に目的家屋を自ら使用する必要があり賃貸人が賃借人に相当の轉居先を提供する用意をしているというような場合に賃貸人が正当事由を原因として賃貸借の解約申入をし得るものと解すべきことは疑問の余地がない。この見地に立つて本件を見るに、証人安西博、三浦専吉の各証言及び原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は從來前記二戸の借家中向つて右側の一戸(階下五疊、三疊、二階六疊)を住居、左側一戸すなはち被告が居住する家屋の階下を精米、製粉、煎餅の委託加工等の仕事場に使用していたが、その一家は八名(原告夫婦、十四才、十二才、十才、九才、七才、三才の子供)で、子女の成長するにつれて、從來のままでは子女の教育にも差支を生ずるに至つたので遂に前記解約の申入をしたのであつた。しかるに、これが原告の感情を害し、その後は何かにつけて喧嘩口論が絶えず果ては互に殴合までするに至つたので、原告は轉居先を斡旋すれば被告も立退くだらうと考え、同年十二月頃前記証人等に依頼して近所に貸間や貸家を見付け、当時被告にそこに轉居することを勧めたばかりでなく、現在でも被告の轉居先に提供する目的で近所にある四戸建平家の内一戸(六疊外に台所兼玄関がある。)をその所有者西條軍之助から賃料一箇月金七十五円で賃借しているのであるが、被告はそこえの轉居を頑として拒絶し続けていることを認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はない。被告はその本人訊問で、右家屋は日当、通風が悪いばかりでなく、屋内に瓦斯、水道の設備がなくて被告が轉借した本件二階とは比較にならないと供述し、右家屋が日当、通風の点において若干の難点があり、また、その屋内に瓦斯、水道の設備のないことは証人上島憲の証言に徴して明らかであるけれども、前示証人安西、三浦の各証言によれば、右家屋は如上の欠点、不備はあつても住居として大して不適当でも不便でもないと認められるから、現在の住宅事情の下では右家屋は夫婦二人だけの被告(この点は被告本人訊問の結果によつて明瞭である)に対する轉居先としては一應相当のものといはねばならない。さて、以上の認定によれば、原告が被告に轉居先の提供を用意したのは原告が解約申入をしてから六箇月以上を経過していることが明らかであるから、本件ではこれを前認定の解約申入の正当事由となし得るか否かが一應問題となるが、元來、正当事由は多くの事実の集積によつて生ずるものであるから最後の事実が解約申入の日から六箇月以上経過後に生じたときは、解約申入当時における正当事由の不備はこれによつて補充されると同時に、解約の効果はその最後の事実の生じたとき発生するものと解するを相当とする。果して然らば、前認定の解約申入は正当であるとともに、その効果は原告が被告にその轉居先を提供する用意をした昭和二十三年十二月中に発生し被告は原告に対しその主張の二階四坪を明渡すべき義務を負うに至つたものといはなければならない。
よつて、被告に対し右義務の履行を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、仮執行の宣言につき同法第百九十六條の各規定をそれぞれ適用して主文の通り判決する。
(裁判官 田中盈)